
約20年前に京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞を作り出す方法を発見・確立したことをきっかけに、再生医療は広く世間に認知されるようになりました。今日ではiPS細胞による治療がいよいよ始まろうとしているほか、他のさまざまな再生医療技術による病気の治療や美容医療が広く行われるようになっています。
再生医療とは「人体の損傷した組織や臓器の機能を元通りに再生させ、見た目も傷跡が分からない治療をめざす医療」のことを指します。がんなどの病気の治療だけでなく美容医療分野でも幅広く応用されていますが、疾病治療と美容治療それぞれで応用されている再生医療にはどのような違いや特徴があるかご存じでしょうか? 本コラムでは、2つの分野の再生医療について詳しく解説します。
再生医療とは?
日本の「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」では、再生医療は「人の身体の構造又は機能の再建、修復若しくは形成又は疾病の治療若しくは予防を目的として、細胞加工物を用いて行われる医療」として定義されています。現状の再生医療は、簡単に言うと病気やケガで損傷した身体の組織や臓器を、修復・再生する医療のことです。通常の治療は医薬品や手術によって疾病の治療を試みますが、再生医療では細胞や成長因子などを使って標準的医療では改善できない症状の回復を試みます。この定義は美容医療も同様です。
移植医療として白血病治療の骨髄移植(造血幹細胞移植)は1974年から行われてきましたが、これは紛れもない再生医療の始まりですが、2000年前後に再生医療という学問分野が定義され、iPS細胞が登場した2006年以降から、本格的に日本の再生医療研究が始まりました。
再生医療による疾病治療と再生医療による整容治療とは何が違うのでしょうか?
大きく異なる点は「目的」です。
治療費が高額になりがちな再生医療製品は、治療では条件によっては公的医療保険の適用が認められる場合がありますが、美容目的では全て自己負担する自費診療となり、「費用」の点でも扱いが異なっています。
一般的な再生医療(治療)はどんな治療が行われている?
再生医療と聞くと、例えば再生医療で心臓や肝臓などの臓器をつくって移植するといったイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。
1997年に、米国の医師であるチャールズ・バカンティ氏が交通事故で外耳を失った人のために、ネズミの背中にヒトの耳を再生させようと試みる実験を発表しました。この実験に使われた実験用マウスは「バカンティマウス」と呼ばれ、マスコミにセンセーショナルに取り上げられました。他にもCTやMRIで撮像した画像を元に、3次元プリンタで組織や臓器の鋳型を作ることは可能で、その鋳型に細胞を培養することも可能ですが、作成した臓器は移植後に機能せず、失敗に終わっています。
確かに「再生医療」は、身体の組織・臓器の機能も形も完全に元通りにすることが目標ですが、現在の技術では不可能です。
組織や臓器の「再生」とは、治ったあとは傷跡も認めず、元通りの運動機能に戻る状態まで回復することを指します。怪我をしていたこと自体が分からなくなる状態です。確かに見かけは、例えば腎臓や肝臓などを形取った人為的に作った臓器鋳型に細胞を植え込み、模擬臓器を作ることは可能です。移植も可能ですが、移植されたその組織や臓器は機能しません。身体の組織や臓器を完全に元の状態に戻す「再生」まで期待できる再生医療は非常に限られているのです。
現在のところ再生医療として再生が期待される臓器は表皮と角膜そして軟骨の3種類です。いずれも血管が通っていない無血管臓器であり、薄く立体構造がほとんどないため人為的に作りやすく、移植も成功しています。
一方、人の身体は組織や臓器に損傷が生じるとほとんど「修復」で終わってしまいます。再生と異なり修復は傷が治っても必ず傷跡が残り、その部分の機能は完全には元に戻らないことが多い状態です。
「再生」と「修復」の違いを理解することが、再生医療の現実を正しく理解するために重要です。
現在主流の体内から取り出した幹細胞を培養して様々な方法で体内に戻す医療技術は、投与された幹細胞が、身体に存在する幹細胞に刺激を与え、組織や臓器の修復や再生を促す事によって治療を目指しています。
このように現在行われている再生医療の多くは、組織や機能をまるごと「再生」させるのではなく、細胞などの働きを応用して「体内で組織を修復」させる事を期待した再生医療です。
日本で行われている再生医療では以下のような治療が行われています。
iPS細胞の治療例
iPS細胞とはES細胞(胚性幹細胞)と同じように多能性をもち、神経細胞、心筋細胞、血液細胞体など、ほぼすべての細胞に分化できる多能性幹細胞です。
これまでは研究レベルで加齢黄斑変性の治療や血小板の製造などが行われてきましたが、2026年3月にiPS細胞を使って作成された重症心不全の治療に使用する「心筋シート」と、パーキンソン病治療に使用する「ドパミン神経前駆細胞」が、厚生労働省の「条件・期限付き承認制度」でそれぞれ審査・承認されて使用されることになりました。しかしながら、数億円の薬価となる予想で、とても一般的ではありません。
成長因子を用いた組織修復再生医療の例
ヒトの血液に含まれる血小板を採取して濃縮したPRP(多血小板血漿)には、成長因子(サイトカインと呼ぶ人もいる)が多く含まれており、損傷した組織の周囲の細胞に働きかけ、創傷治癒を促進させる作用があります。
整形外科やスポーツ医療においては、変形性関節症やアキレス腱炎などを治療する目的で、患部に注射する治療が行われています。また、歯科医療においては、インプラントを埋め込む土台となるアゴの骨を造成する際に使用されています。
体性幹細胞を使用した再生医療の例
再生医療で数多く研究・利用されているのが、脂肪由来間葉系幹細胞(現在脂肪由来間葉系間質細胞と呼ぶ)です。ヒトの脂肪組織から採取できる幹細胞の一種で、脂肪、骨、筋肉、血管などの細胞に分化できるほか、損傷や炎症のある部位に自然に集まる「ホーミング効果」によって、炎症を抑えて組織の治癒を促す性質があるとされており、更年期障害の緩和や慢性疼痛、アトピー性皮膚炎の改善目的の自費診療が行われています。
遺伝子導入技術を使用した再生医療の例
先進的ながんの免疫細胞治療に、CAR-T細胞治療があります。これは患者さんから採取した白血球の一種であるT細胞を、効率的にがん細胞を攻撃するように遺伝子改変して体内に戻す治療です。
急性リンパ性白血病などの血液のがんに大きな効果が得られることから、日本でも治療が承認されており、公的医療保険の対象となっています。ただし、この治療もiPS細胞を用いた技術に匹敵する高額な医療として知られています。
美容医療分野で再生医療がはじまったきっかけは?
では、美容医療において再生医療が応用されたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
1990年代後半に、マーカス医師がインプラント治療における骨造成にPRPを応用しました。インプラントを埋め込む土台となる上顎骨や下顎骨に、血小板に含まれている増殖因子を振りかけて骨造成の誘導を起こすと、骨の強度が上がってしっかり固定されるという報告がなされました。
その後、PRP治療は整形外科領域でアキレス腱断裂や関節破壊など、スポーツ選手の外傷治療に応用されはじめ、メスを入れない治療法として注目を集めました。このPRPの創傷治癒作用のメカニズムが解明されると、形成外科や美容外科たちは、シワやしみ、肝斑といった色調の異常の改善や肌質の向上に役立つ可能性に注目し、美容医療の分野でも広く活用されるようになりました。
皮膚科においても、これまでの医療技術では限界であった難治性の皮膚潰瘍に対してPRPを使用すると極めて効果的で、潰瘍を原因とする下肢の切断予定の患者でさえ、下肢が救済され切断を回避でき、社会復帰も見込めるようになりました。この有効性から、難治性皮膚潰瘍に対するPRP治療は保険収載されるなど、美容のみならず医療分野での応用も広がっていきました。
美容医療ではどんな再生医療が行われている?
美容クリニックでは、主に以下のような再生医療が提供されています。
PRP療法 第三種再生医療技術
PRP(多血小板血漿)とは、血液中の血小板を多く含む濃縮血小板血漿成分です。この血小板は、線維芽細胞やさまざまな細胞を活性化して、コラーゲンなどの結合組織の産生、血管新生などを促す成長因子を含んでいます。
インプラント治療時の顎骨の造成や、スポーツ外傷治療の分野で組織の修復再生ができる治療法として PRP 療法が行われると、PRPの作用機序から考え、衰えた肌機能の活性化・再生に応用できるため、美容医療でも導入されるようになりました。
肌や頭皮に注入すると、創傷治癒過程を一旦リセットして組織の修復・治癒を再起動させます。これにより、加齢に伴って減少したコラーゲンやヒアルロン酸、古い結合組織成分を代謝して、シワやたるみなどの典型的な症状や、ニキビ跡の凹凸などの改善、育毛効果が期待できます。
PRPにフィブラストを添加した治療について
組織再生力を高めるために、PRPにフィブラスト(bFGF:ヒト塩基性線維芽細胞増殖因子)を混ぜて注入する治療を提供している医療機関もあります。
フィブラストには細胞の増殖を促し、血管の新生を助ける働きがあり、難治性皮膚潰瘍に保険適用されています。PRPに混ぜること自体は問題ではありませんが、濃度や量によっては効果が過剰発現し、組織過増生(しこりや膨らみ:硬結と呼ぶ)になる危険性が指摘されています。そのため今後の課題として、成長因子の適切な配合比率や使用量について、学術的な研究を進める必要があります。現状はFGFは追加すべきではないでしょう。
当院では、PRPの自己修復能力を評価しています。また、高濃度・完全自己血由来PRPであるCPC-PRP®で十分な効果を狙えるため、フィブラストは使用していません。
線維芽細胞治療 第二種再生医療技術
線維芽細胞とは皮膚の真皮層に存在し、コラーゲン、ヒアルロン酸、エラスチンなどを生み出すほか、古くなったコラーゲンなどの結合組織の新陳代謝を担っている細胞です。線維芽細胞が減少する最大の原因は加齢ですが、線維芽細胞が減少することでコラーゲンなどの合成量が減少し、古い結合組織の代謝も遅れるためシワやたるみが現れて、皮膚は硬くなり乾燥しやすくなります。
患者さんの線維芽細胞を採取・培養して肌に戻すことで、衰えた弾力成分の生成機能の回復を図る再生医療です。
根本的に肌機能の改善を目指す治療のため、シワやたるみ、凹み、毛穴、くすみ、毛穴の開き、肌質など線維芽細胞減少による症状を改善に導きます。
自家培養表皮移植 第二種再生医療技術
重度の熱傷(ヤケド)の救命医療のために開発された再生医療技術です。大変限られた施設でしか行えない特殊な再生医療技術ですが、白斑、ひどいニキビ跡やクレーター(瘢痕)などの凹凸ができた肌に、自家培養した皮膚シート(自家培養表皮)を移植することで、皮膚の再生を促す再生医療です。
皮膚シートは、患者さんの皮膚を少量採取して培養し、移植が必要な面積まで拡大して作成することが可能です。表皮細胞と色素細胞を適切な割合で培養した培養皮膚は移植する周囲の皮膚と色調を調整できるので、移植後に肌なじみが良く、違和感が少ないのが大きなメリットです。高度な培養技術と移植技術が要求されるために、整容的医療に応用している医療機関は僅かです。
幹細胞治療 第二種再生医療技術
病気の治療で使用される脂肪由来間葉系間質細胞は、美容医療にも応用されています。
皮下に局所注射して、加齢でボリュームロスした部位を補うと同時に、幹細胞から放出される増殖因子やサイトカインなどにより皮膚の機能と状態の回復が期待されます。
また、点滴で全身に投与することで、難治性のアトピー性皮膚炎の治療も行われています。免疫を調整し、炎症によるかゆみを抑えて、バリア機能も向上させることが期待されています。
さらに頭皮に注入することで薄毛の治療に用いられたり、脂肪とこの細胞を混ぜて乳房に注入することで、脂肪の定着率を向上させ、乳房の変形治療や豊胸術にも応用されています。
幹細胞培養上清液
幹細胞培養上清とは、幹細胞を培養する際に幹細胞が分泌する成長因子やエクソソームを豊富に含んだ上澄み液のことです。この上澄み液を点滴したり塗布したりすることで、様々な治療に用いられています。特に肌質改善や発毛・育毛効果が期待されます
最近「幹細胞コスメ」と呼ばれる化粧品が市販されていますが、化粧品内に細胞が配合されている訳ではなく、この培養上清液が一定の割合で配合されています。培養上清は再生医療製品とは異なり、再生医療の法律で規制されていません。それだけに品質にばらつきが大きく、しっかりとしたメーカの製品を選ぶ必要があります。
ただし培養上清の効果は多数報告されており、再生医療カテゴリの中で有用な製剤として扱われています。
再生医療による美容治療のメリット
再生医療による美容治療のメリットは、ほとんどの場合自分自身の細胞から作り出している細胞を用いるため、①免疫拒絶によるアレルギー反応が起こりにくいことが挙げられます。また、人工物の投与や植埋とは異なり、即効的効果は見込めませんが、数ヶ月で②自然な見た目の改善が得られる、③効果の長期持続が期待できる、という点が挙げられます。
① 免疫拒絶によるアレルギー反応が起こりにくい
再生医療では、もともとご自身の身体から採取した血液や組織から作り出したものを、ご自身の体内などへ戻します。そのため、一般的に異物(人工物)に対して起こる様な免疫反応(異物反応)が起こりにくく、アレルギー反応のリスクは比較的低いと考えられています。
※すべての方にアレルギー反応が起こらないわけではなく、体質や既往歴などにより個人差があります。
② 自然な見た目の効果が得られる
例えば医療で使用するヒアルロン酸やコラーゲンは安全性が高い生体材料で、ヒトの体内に存在するものですが、投与された部位では元々存在するヒアルロン酸やコラーゲンの割合とは大きくかけ離れてしまいます。元々皮膚の真皮内はコラーゲン、ヒアルロン酸、プロテオグリカンやエラスチンなどが自然なバランスで存在しています。そこにヒアルロン酸のみを注入すると、構成割合が変わってしまい生理的な真皮組成ではなくなります。そのため見た目の不自然さが起こり得ます。
一方、再生医療では投与された細胞が体内でその個人に合う構成割合でコラーゲンなどの合成や代謝を行うため、少し時間は必要ですが自然な見た目の効果が得られます。
③ 効果の長期持続が期待できる
再生医療に用いるPRPや幹細胞や線維芽細胞はもともとヒトに備わっていた修復と再生の能力を回復させる働きがあります。すなわち根本治療であるため、通常の美容医療の対症療法とは異なり、長期にわたる効果の持続が期待できます。
ヒアルロン酸注入のように、注入してすぐシワが浅くなるような即効的効果は見込めませんが、再生医療は単に肌の見掛けの症状を改善する医療技術ではなく細胞が投与された場所の身体機能への働きかける事で肌内部の生理機能を元の状態に戻すように整えるため、自然な効果を長く保ちやすいという特徴があります。
美容における再生医療の今後の展望と最新動向
細胞を使った再生医療は優れた技術ですが、制約やコストがかかるため、受診できる患者さんが限られているという課題があります。
いま米国では、幹細胞培養上清を使った化粧品が指示を得ていますが、今後は多くの人に手が届きやすい再生医療技術が開発され、それが美容医療に活発に応用されているのではないかと予測されます。
また、幹細胞培養上清も現状は殆ど他人の幹細胞から作られた上清が使用されているため、今後は自分の幹細胞で培養上清を作成できるようになると、安全性と満足度がより向上するほか、新たな再生医療の展開も期待できます。
また最近エクソソーム治療などの新しい技術が氾濫していますが、まだ根拠も曖昧でエビデンスも乏しいのが現状です。地に足の着いた再生医療技術とは言えません。
今後の課題としては、再生医療技術で用いる細胞の作用機序を解明する事でしょう。その時安全性を担保しながら効果を保証できる技術が開発され、患者さんにとってメリットの大きい治療法となります。








この記事の監修医師
銀座よしえクリニック 総院長廣瀬 嘉恵 医師 医学博士
銀座よしえクリニック 総院長
廣瀬嘉恵医師のプロフィールはこちら